●アメリカのF1トウモロコシも大半が雄性不稔
アメリカ農業にとって、トウモロコシは一番大事な作物である。アメリカという国はトウモロコシで成り立っていると言ってもよい。僕が農場研修を受けたみかど育種の先代社長が、若いときにアメリカで修行をした。そのときアメリカの種苗会社社長から「アメリカはなんで日本に(戦争で)勝ったのかわかるか」と聞かれ、彼は「国力が違ったから」と答えたが、先方は「トウモロコシのF1のおかげなんだ」と言ったそうだ。アメリカはF1トウモロコシをロシアやヨーロッパに大量に輸出し、国力を高めた。今でもアメリカではトウモロコシの研究が非常に盛んである。
アメリカのF1トウモロコシはどうやって作られてきたのか。9月の新学期前の長い夏休み、全米のアルバイト学生をトウモロコシ畑に動員し、トウモロコシのてっぺんに咲く雄花を全部鎌で取り除く。そして、そばに欲しい雄花の花粉を出すトウモロコシを植えておけば、トウモロコシは風媒花だから自然に雑種ができる。アメリカではこういう形でF1トウモロコシ栽培が始まった。その後、雄性不稔のトウモロコシが見つかり、全米を席巻するようになる。
今アメリカで売られているF1トウモロコシのほとんどは、雄性不稔を使ったものだ。たった一株の雌(テキサス型)が増やされ、雄花をカットする方法から、雄性不稔の母親を使う方法に変わったのである。
ところが、その一株の母親が持っていた遺伝子は、「ゴマハガレ病」に対し、抵抗性を持っていなかった。第二次世界大戦後、この病気によって全米のトウモロコシがバタバタ倒れ、大不作になった。
トウモロコシの雄性不稔は、ミトコンドリアのどこに異常があるのかがわかっている。要するに、ミトコンドリアの膜に異常があったのである。膜の異常によって子孫を作ることができない、花粉の出ない固体の誕生に結びついた。細胞の核の中の遺伝子と、何千とあるミトコンドリア遺伝子はお互いに連携をとりながら機能している。膜に異常があると、ミトコンドリアと細胞の核の連携がとれなくなる。おそらく、ミトコンドリアの膜が硬すぎて核が出す信号を受け付けないなど、情報が伝達できなくなったのだと考えられる。そのことが子孫を作れなくしているのではないか。
アメリカのトウモロコシは、一株の雄性不稔が拡大したことによって大凶作となった。もし、多様性のあるタネを育成していたら、被害の広がりを防げただろう。アメリカではその後、新たに二、三種類の雄性不稔が見つかり、現在はその子孫が増えている。
(「タネが危ない」)
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